銀座まるかん名誉師範が選ぶ『斉藤一人さんの言葉』

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斉藤ひとりさんの光輝く話

   

斉藤ひとりさんの光輝く話です

2016年8月

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小さい悟りが集まって、小悟、
小さい悟りが集まって大悟になるの。

だから、大きい悟りがドンとくるなんて思ってたら、大間違い。
それが、大きい悟りがドンとくるなんて思ってるのが、山の中で修行してどうのこうのって話しなんだよ。
1億円札がないのと同じで、1万円札ずっと集めてたら1億円なったんだ。
ということだよね。

それで、小さい悟りをいっぱい積む中で、老後の心配とかいろんなのがあるのね。
そういうとき、どういうふうに悟るかっていうと、明日のことは明日考える。
で、歳とってからどうなるんだろうなんてのは、歳とってから考える。
死んだらどうなるってのは、死んでから考える。

それと同じように、絶対にわからないことを考えるのはいけないんです。
それを考えると必ず不幸になる。
そうならないかもわからない。

で、そういう時は、どう考えようとか、こういう時はどう考えよう、ってそれがひとつの悟りになる。

よく覚悟決めろよとか、死ぬときゃ死ぬんだからとか、覚悟決めるって、目覚めるという意味なんです。

目覚める悟りなんだ。
だから、悟りに目覚めたときはじめて覚悟やなんか決まるんだよ。
覚悟決まんねぇで、うろうろうろうろしてんだよ。
人間、死ぬときは死ぬの。

死んだらどうなるの?って、死にゃあわかるの。
人間なんてのは、苦労があたりまえなの。

楽しようと思ってっけど、カネがねぇのも苦労なの。
金儲けるのも苦労なの。

一人でいるから、一人でいる人の寂しさというけど、二人でいりゃあ、夫婦の大変なことって、いくらでもあるから、自分は寂しいんだっていうけど、そばに嫌なやつがいたらすごい迷惑なんだよ。

だから、結局、あたしも大変だけど、夫婦者も大変なの。
大変なとこ数えるよりも、私は独身でこのぐらい幸せなんだから、要は自分の持ち場持ち場で、今幸せになること考えるしかないんだよ。

ここに生まれたら、こういう風に幸せ、女に生まれたのに、ただ女でどうして幸せなのか。
そうやって、それを考えるしかないんだよ。
それが小悟、っていって、一コ一コ。

秋は寂しいのか、秋は美味しいのか。それを小悟、っていうんだよ。
小さい悟りを積む。

元気がなくてどうのこうの……って。
そんなの訳ないよ、でっかい声出す。

人間って、ホントはね、限界がねぇんだよ。
だけど、限界があるように思ってる。

土手みたいなものに1コ、穴あいちゃうと、蟻の一穴から土手が崩れるのと同じで、はい、でかい声だして、って。
最高にでかい声してると、あなたはそれの3倍の声が出ます。

自分の限界をふぁっと越えちやうと、ホントにでかい声って出るんだよ。
自分は限界を破れたんだって、1コ破れると他の事も破れるような気がしちゃうの。

だから、一番いいのは、声だしやらしてんだよ。
なんでもいいの、何かひとつ自分の限界を超えちゃうと、ひとつの殻が破れる。
だから、1コでいいから悟り開いてみな。
小悟一コ出来た人間は、その小悟をまた重ねていくの。
だから何でもいの。

だから、秋が寂しいが、秋が美味しいに変わったことが、ひとつの小悟なんだよ。
俺なんかも、いろんな小悟を重ねてるんだよ。

大悟を悟るっていうのは、小悟が、たまって大悟になるんであって、大きい悟りなんてないんだよ。
それを、ダイヤモンドの一面つって、ダイヤモンドって何面もあるの。
一コ一コ、磨きかけてるんだよ。
小悟が固まってるようなもんなの。
それで、人間っていうのは光輝くんだよ。

だから、ここ磨いてそこ磨いて、あっち磨いてってなるんだよ。
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